陶山一さんの個人大賞

以前つくったWebサイト本の記憶での企画「個人大賞」に頂いた投稿を転載致します。

【個人大賞とは】あなたにとって「一番」の本は何ですか。皆がそれぞれ一番お気に入りの本を一冊ずつ持ち寄ったら、きっと素敵な場所ができあがるはずです。個人大賞はそんな「一番」の集う場所。実名制です。

『陽炎ノ辻 ─ 居眠り磐音江戸双紙』(佐伯泰英)

陽炎ノ辻 ─ 居眠り磐音江戸双紙 1 (双葉文庫)

ご存じの方もいるかと思いますが、佐伯さんは今、時代小説でかなりメジャーな作家さんです。
佐伯さんの描く主人公、またその家族、周りの人々はどの人も生き生きとしていて長いシリーズを読んでいっても飽きることはありません。

今回は初めて時代小説というものに触れた、この磐音シリーズを紹介します。

このシリーズ(いや、このシリーズに限らないが)は江戸が舞台になっています。時は江戸中期。将軍は十代徳川家治、分かりやすく言うと田沼意次の時代です。

主人公坂崎磐音は今で言う大分県である豊後出身で、藩内の政治騒動によって江戸に流れてきます。
そこで両替商(主に小判、銀、銭の両替を行うところ)にひょんなことから用心棒として雇われ、藩どころか江戸幕府に関わる陰謀へと巻き込まれていってしまいます。

やはりひときわ光り輝くキャラクターは主人公である磐音。直心影流という剣術の流派を修めていて、その独特な雰囲気から「縁側でひなたぼっこをして居眠りをしているとしより猫のような」、「居眠り剣法」と呼ばれていたりします。
その姿勢は普段からのもので、ゆったりとしていてどこかとらえどころのないそんな気質の持ち主です。

まとめとしてもう一度佐伯さんの時代小説全体の話に戻ります。
この人の書く文章は時代小説とは言っても非常に読みやすく、もちろん地名や江戸言葉など見慣れない言葉は出てきますが時代物は初めて読む、という方でもすんなりと読み進められる。そんな文章です。
また情景が目に浮かぶような表現の数々が最初にあげた登場人物たちの生き生きしている様、たしかにそこで生活している様を読み手に感じさせてくれます。
私にとっては楽しむべき小説であり博物館でありタイムマシンであると感じています。

ぜひ、この磐音に限らず本屋さんで目を引いたシリーズがありましたら手にとってみて欲しいと思います。

(陶山一/20代/大学生)
2013年5月19日

播口友紀さんの個人大賞

以前つくったWebサイト本の記憶での企画「個人大賞」に頂いた投稿を転載致します。

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『ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの』(鈴木敏夫)

ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの

突然ですが、みなさんはトトロがいると思いますか?
僕はいると思っています。森にいくと、トトロいるかなぁって。
多分多くの日本人がこの気持ちに共感してくれると思います。
ジブリって僕たち日本人にとってそういう存在ですよね。
僕はそんなジブリが好きだし、みなさんもそうだと思います。

で、本題に戻ると僕が紹介したいのは『ジブリの哲学ー変わるものと変わらないものー』という本です。これはジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんが書いた本です。

僕はこの本からものづくりの本質を学びました。いくつか箇条書きで紹介すると、
・まずは、いい作品をつくること。そして、それをしっかり広めること。
・世界のあらゆる国で、アニメ映画のトップシェアを握り続けてるディズニーが、唯一トップにたてない国が日本でそれは一体なぜなのか。
・いいものを作るには小さい会社の方がいい。
・ジブリにいることが大事なのではなく、アニメーターとして通用するようになることが重要。

ここで一つものづくりについて、面白いエピソードを紹介します。

作品を企画し、作るときに宮崎駿さんは若い人たちにむかって三つの原則を言います。
「おもしろいこと」
「作るに値すること」
「お金が儲かること」

しかし「トトロ」のときだけ、宮崎駿さんはその掟をみずから破りました。お金は儲からなくてもいいと決断したんです。

話の原案を作ったとき、宮崎駿さんはいつものように鈴木敏夫さんにその内容をみせます。それは今あるトトロと違って、映画の冒頭からトトロが登場し、大活躍をする映画でした。「どう?」と聞かれて、鈴木敏夫さんはめずらしく首を縦にふらなかったそうです。意味はなく、なんとなくそんな気分だったそうです。別の方がいいと思ったそうです。そういう気配に敏感な宮崎駿さんはようすを伺うように質問しました。
「どうして?」
鈴木敏夫さんは誘いにのって、ついこんな言い方をしました。
「ふつう、こういうキャラクターの登場は、映画の真ん中ですよね。」
一瞬考え込んで、宮崎駿さんはたたみ込むように聞きました。
「なんで?」
しかたないので、鈴木敏夫さんはこう返答しました。
「E.T.だって、ちゃんと登場したのは、真ん中ですよね。」
宮崎駿さんがいつになく真剣な顔になったのを昨日のことのように覚えてると鈴木敏夫さんは言っています。沈黙が続き、ややあっていつもの笑顔に戻ると、宮崎駿さんはこう言いました。

「<二本立て>だから、いいかな、鈴木さん!」

現代の映画監督は、一本こけたら、それで二度とチャンスがめぐってこない可能性があります。だから、作りたいもの、伝えたいことを我慢してでも、映画館にお客さんにきてもらうための努力が必要です。関係者がみんなでおんぶにだっこ。そのストレスは想像を絶します。だから、宮崎駿さんは失敗は許されないから、魅力的なキャラクターであるトトロを全編に登場させなければならないと思いつめていた。
でもトトロのときだけ、宮崎駿さんはそのストレスから解放されたのです。
『トトロ』は『火垂るの墓』と同時興行だったからです。
鈴木敏夫さん曰く、後にも先にも『トトロ』のときほど楽しげに働く宮崎駿さんを見たことはないそうです。
そして、不思議なことに『トトロ』は映画の興行として決していい数字ではなかったのですが、その後ビデオやキャラクター商品が売れまくり、結局ジブリ作品の中で一番の稼ぎ頭になりました。営利を目的にしなかった作品が、一番の収益を上げていたのです。

僕はこのエピソードが好きです。なんかものづくりの本質が隠されている気がして。

僕の尊敬する人はみんな頑固者で自己中です。
宮崎駿、スティーブジョブズ、中田英寿。

けど、彼らはだからこそ、文化を作れたのだと思います。

ジブリはいつだって僕にものづくりについて大切なことを教えてくれます。
久しぶりに出会えたいい本でした。

(播口友紀/20代/大学生)
2013年5月18日